記念コインと外国コインを買取に出してみた

結局手軽な賃貸マンションで出来れば安全と安心の為にはサービス付きの方が良いと言う事らしい 皆さん最近で言う終活と言う言葉が流行らない前に入居された方たちばかりだ 尤もこちらは建ってからやっと5年目なので今後増えるかも知れない 水彩画展を見終わってからもう一つのギャラリーを覗いて来た 木で作った家具や玩具にアクセサリー 食器などの展示販売をしていてお箸を一緒に作る人も居た。

お昼近くなりその足でお歳暮の手配を済ませて来た 知人に会ったが忙しそうなので挨拶だけして銀行と市場に寄り帰って来た 月曜日が体操教室なので送迎車をキャンセルし 娘が郵便受けに入れて呉れた年賀状の見本を見て選ぶ事にした 年賀欠礼の葉書も届き年々枚数を減らしてきたが 住所変更を知らせるので今年も4・50枚は必要かもしれない 80歳を機に年賀状のやり取りを廃止した方もいらっしゃるがこちらはそうはいかないのだ。

実印は評判の良い印鑑屋さんで作ろう

夕飯の分は鶏肉のソテーが残って居るので グリーンアスパラとチーズをのせラップして置きレンジでチンすればよい カボチャの甘辛煮を大相撲を見ながら作り置きしよう 午後からフィギュアスケートの中国大会を見てその後は大相撲を見る そう決めてお昼の支度を始めたら薄日が差してきた 洗濯物をベランダに出す為外に出る ホンの一緒なのに寒いので急いでガラス戸を閉めた 煮物を始めると換気をしていても部屋まで暖かくなる。

昼食に温かいものを食すと体の中から暖まる 一旦暖房を止めたらまた雲行きが怪しくなって来た それでも雨にはならずフィギュアースケートが始まった 女子は本郷選手と三原選手が出て居たが男子の日本人選手は居なかった 今日はSPだが三原選手が3位になり本郷選手は6位だった カナダのメダリスト・チャン選手は3位で 1・2位は10代の若手選手だった 男女共にベテラン選手より10代選手の活躍が目立つ。

大相撲でも十両から上がって来た平幕の石浦だけが1敗を守り 大関豪栄道と横綱日馬富士と白鵬も1敗の侭で 7連勝は鶴竜ただ一人だ 昨日は遠藤が活躍したが今日は正代が大関稀勢の里に勝った 中入り前に正代の熊本県の実家を訪問した映像が流れたが地震の被害を受けていた それでも両親と祖母さんはじめ近隣の同級生たちは 正代の活躍に元気を貰って居ると笑顔で話していた。

温泉が恋しい季節

何時もの時間に目が覚めた もうすっかり習慣になった朝のお務めとTV体操を済ませ 化粧をしてから朝食を摂り着替えをするのだが 今日は体操教室の日なので長袖のTシャツと伸縮の効くパンツにベストを重ねた 新聞を取って来て体操が始まる時間までゆっくり目を通す 月曜日は俳壇・歌壇の投稿が載って居て秋を詠んだものが多かった 飲み物と体操に使うタオルかストールを用意するのだが私はいつもTシャツの色に合わせたものを選ぶ。

下に下りると昨日の朝会ったYさんが部屋から出て来た 挨拶をして談話室に向かうと新しいフロント嬢が見えたので「一緒に如何?」と声を掛けてみた 「フロントを留守に出来ないので」と言う それもそうだと思いながらドアを開けた 談話室兼食堂のテーブルを片付けて椅子だけ半円を描くように並べてあり もう8人程が見えて居たが先ほどのYさんがなかなか見えない 暫くしてもう一人の方を誘いに行ったが今日はお休みですって と言いながら来た。

他にもお休みの方が居て総勢10名になり挨拶の後ゆったり体操を始めた 音楽に乗ってインストラクターさんの動きと同じように動く 椅子に腰かけて手の平とタオルを使って全身の皮膚を軽く震わせ血流を良くする体操をして 左右のバランスを取る体操と何時もと同じメニューをこなす 立って行うのがきつい人は椅子に腰かけた侭でも出来るので 90代の方も参加している 水彩画のお得意な女性が又11月3日から展覧会が有るのでどうぞと言って呉れた。

実印を印鑑屋さんでつくった

朝夕は気温が低くなり外に出る気に成れないが日中は散歩するにはもってこいの日になった 昨日は祝日で休みだった郵便局へ行き太極拳協会への振り込みをしてきた 郵貯間の振り込みは料金が掛からなかったが先月から3件以内に限るので なるべく纏めて送金するようにしている 荷物が有る時はエレベーターを使っているが1軒先の男性と一緒になった 92歳とは言え皮ジャンを着て散歩に行くと言う。

挨拶しても耳が遠いし外に出る時はステッキを使ってゆっくり歩くので 「お先にどうぞ」とエレベーターに乗る時もレディーファーストだった 玄関先でもどうぞどうぞなので一足先に出かけた 少し風が有ったが日差しさえあれば気持ち良く 公園でもベンチに腰かけて話をしたり犬を連れて散歩する人達の姿が見られた 午前中はまだ日が低いのでマンションの続くあたりの道は日陰になってしまう 真夏のカンカン照りがうその様だ。

郵便局の帰りに何時ものスーパーに寄りピュアウオーターの補てんをしてきた 序に昼食用の麺類を何種類か買った これからは暖かいうどんやラーメンが何よりのご馳走だ 往きと同じマンション当たりの道も片側は日差しが届いていた 公園手前で前を行く男性に又会った やはりお早いと仰るので「お先に」と言って帰って来た 昼食はねぎを刻みチャーシューと玉子を使ってチャーシュー麺を作った。

即日納品でも素晴らしい印鑑

お昼近くなりその足でお歳暮の手配を済ませて来た 知人に会ったが忙しそうなので挨拶だけして銀行と市場に寄り帰って来た 月曜日が体操教室なので送迎車をキャンセルし 娘が郵便受けに入れて呉れた年賀状の見本を見て選ぶ事にした 年賀欠礼の葉書も届き年々枚数を減らしてきたが 住所変更を知らせるので今年も4・50枚は必要かもしれない 80歳を機に年賀状のやり取りを廃止した方もいらっしゃるがこちらはそうはいかないのだ。

明日も今日と同じように小春日和になると言うが 北海道中部では大雪になっているらしい 紅葉の便りを聞いたばかりなのにやはり秋が短くなったのか 関東も来週半ばから冷え込みが強まるとか まだ紅葉狩りもバスツアーにも出かけていないのにもう厚手のコートが要る様だ 11月も足早に過ぎ去ってしまいそうで寂しい。

コイン買取で大儲けした話

継起性を共存性に転換すること、それはすなわち同時性の達成である。この同時性のなかではまるですべてのことが神の視点からによってみられたかの如くになる。ブロッホは自我を世界と時間から疎外されていたと考えていたのであり、よって神を近似するものと捉えていたのかもしれない。

自我の核に関する無時間性は確かにこの論法でいくならば、世界や時間から守られている。時間に拘束された外部をモナドの無時間性へと追いやること、これが彼の最大の関心事でもあり、だからこそ最も時間に強く拘束を受けた芸術である音楽は彼の考察対象となりえたのである。

けれども、晩年になると超時間性を芸術作品という外部に設けるだけでは満足しなくなり、生命の内部に超時間性を位置づけようと考えるようになっていった。これはブロッホの言語学的考察とも呼ばれうるものであり、言い換えればこの同時性の問題をミュトスではなく、ロゴスに求めることになったのである。

ただ言語といってもそれは一般的な言葉にとどまらず、動物的音声のようなものも含むと解していたようである。ともあれ、時間的な継起のすべてを空間的な共存へと変換しうるために、数学の持つ絶対的な論理、その論証の強制的性格に関心を抱いたことは確かに決定的であったとも云える。

着物は伝統を伝える大切なもの

今日は11月15日
七五三ですね。

我が家では両親の結婚記念日でございます。

最近、なかなか早く帰れないので
家族で外食はムリ。
仕方がないので
ケーキを買って帰りました。

でも、7時過ぎだと
なかなか思ったようなケーキは買えないのよね。

あと4年で金婚式か?!
そのときは何か考えないといけないかしら?

印鑑作成の賢い方法

年金が減るし、手間のかかる生活スタイルの変更、なんてものを
高齢者がすんなり受け入れるわけがない。
ただでさえ高齢者は頭が固いから。

私はこの傾向はこれから世界でも広まると考える。

だから人間を規制するより、自動運転車、自動運転シャトルバスの実用化のほうが
早いと思う。

電車と違ってレールを敷く必要がない。

ビジネスになるとなれば、急速に進歩するだろう。

AIを進化させるにはもうちょっとコンピューターが進化しないといけないのだが
なんとかするはずだ。

その需要に応えたとき、テクノロジーは爆発する。

パソコンがインターネットとつながって爆発的に進歩したのと同じ。

今の自動運転は人間のサポートで判断は人間がする。

しかし環境の変化は、認知できない人間の代わりに車が判断する、になる。

直前予約でお得に旅行

三大渓谷の黒部渓谷や大杉谷は有名ですが、もう一つってどこなんだろう。
ふと疑問に思って調べてみたら、場所は新潟。
しかも長野県栄村の隣の十日町市にあるとのこと。
以外に近い場所だったので、行ってみることにしました。

本当は清津峡から八木沢に抜ける登山道を歩けばいいのですが、そこは上級者コース。
途中に山小屋も避難小屋もなく、しかも人もそんなに歩いていないらしい?
さすがにひとり行くのは怖いので、いつか誰か歩いてみたいと思ってくれる人が現れることに期待をして、今回は観光コースで行ったことにします。

切手好きの切手買取体験

あきれられるだろうが、鈴木雅明指揮のバッハ・コレギウム・ジャパンのコンサートを聴くのは初めて。一度聴いただけで感想を書くのはおこがましいかもしれない。おまけにバッハのミサ曲ロ短調を聴くのも5年ぶり、生涯二度目。それで何がわかるのか、という問いに自信を持って答えられない。ただ、5年前に聴いたヨス・ファン・フェルトホーヴェン指揮オランダ・バッハ協会合唱団&管弦楽団がとても温かく人間的な演奏だったことは、歳月が流れても鮮明に記憶に残っている。

さて、今夜のバッハ・コレギウム・ジャパンの演奏はどう感じたのか。一言で言うと、「バカラのクリスタルのように磨かれ洗練された美しいバッハだが、その冷たい触感とよそよそしさに、喜びはあまり感じられなかった。」というもの。

バッハ・コレギウム・ジャパンと鈴木雅明は、合唱もソリストも古楽器オーケストラも、完璧というゴールを目指しているように思える。ハーモニーやピッチ、イントネーションやアーテイキュレーションの正確さは、確かにレベルが高いと思う。合唱の透明感、オーケストラの正確さ、誠実な演奏ぶりは印象的だった。ただホルン(オリヴィエ・ピコン)と3本のバロック・トランペットはあまり調子が良くなかったが。